とぎ海街道(石川県富来町)










  比較的新しい駅だが、規模は小さい。これは石川県の道の駅に共通して言えることかもしれない。しかしこの駅は、小粒ながらも、非常に印象深い見所が2つある。
  一つは、(厳密には駅の外なのだが)長さ460mの「世界一長いベンチ」(写真中)。吹きっさらしの木製で、お世辞にもきれいとは言い難いのだが、写真を見ても分かるように、果てしなく続いている。ギネス公認の「世界一」である。
  しかしこのベンチ、町民挙げて「世界一を作ろう!」と取り組んだものではない。もちろん、「作るからには世界一」という気持ちはあったのだろうが、その根は別のところにある。ここ富来町は、日本でも有数の夕陽ビュースポットである。この夕陽を、一人でも多くの人に見てもらおうという気持ちから、ベンチを作ることにしたのだそうだ。世界一の裏側に、心温まる話が隠れているのだ。
  もう一つの見所は、写真下の「岸壁の母歌碑」。世界一ベンチのすぐ脇にある。「岸壁の母」というと、舞鶴港を連想する人も多いだろう。確かに、「岸壁の母」はシベリアに出征した息子が引き揚げ船で帰ってくるのを待ちわびた母の姿を歌ったものである。しかし、実はこの歌のモデルになった故・端野いせさんは、石川県富来町出身なのである。そのため、ここに記念碑が建てられているわけだ。
  さらに、物産館の一角には「岸壁の母」に関する資料展示がある(無料)。ここに立ち寄れば、「岸壁の母」の真相に肉薄することができる。そして、私はこの展示を見るまで知らなかったのだが、なんと、「岸壁の母」が待ち続け、遂に再会が叶わなかった息子が、上海で生存していたのである。なんとも悲痛な新聞記事の切り抜きが多数展示されている。息子は、母が心配していることを知りながらも、手紙一つよこさず、母のもとにも帰らなかった。生存が確認されたとき、彼は「自分は死んだことになっている。今さら帰っても、母の顔をつぶすだけだ」と、頑なに帰国を拒んでいるという。
  確かに、彼は中国で結婚し、子供にも恵まれ、第二の人生をスタートさせている。新しい生活を捨てることもできなかっただろう。しかし、せめて無事を知らせるくらいはできなかったのだろうか。
  この展示を見て、「親子の絆って、何なんだろう?」と考えさせられた。私は、何十年にもわたって親に生死の心配をかけ続けるようなマネはしたくない。親の死に目は看取りたいし、墓にも手を合わると思う。しかし、それができなくなるような不可抗力が降りかかることがあるのかもしれない。だとしたら、これほどまでに悲しいことはない。


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